2016年11月16日水曜日

真夏の夜のボランテァ~公園で子供たちに琵琶語り



真夏の夜のボランティア~公園で子ども達に琵琶語り

 八月九日の土曜日の夜、子ども達に琵琶弾き語りの野外演奏を行った。

 連夜の蒸し暑さが嘘のようにとれて心地よい涼風が芝生の上を通り抜けていく。空には一隅に暗雲が立ちこめていたがなんとか保ちそうだ。
 実は、二ヶ月前に自然保護の地元のボランティア団体から浜田山の柏の宮公園で、子ども達の夏休みの野外イベント、「夜の生き物観察~夜の探検隊」の締めくくりに、三〇分間何か琵琶の話と音色を聞かせて欲しいと頼まれた。参加者の顔ぶれを尋ねると、保育園児から、幼稚園児が中心でそれに小学校の低学年も混じっている由。
 幼い子ども達への琵琶語りは初めてで果たして最後まで静かに耳を傾けてくれるかどうか心配だった。
 でも私は、大いなる実験と思い引き受けることにした。前から幼い子ども達に琵琶を聞かせる機会を作りたいと思っていたし、それに子ども達は結果に正直で、聞き手の子ども達と勝負出来る楽しみがある。

 事前打ち合わせで、世話役の方から、「この年頃の子ども達の集中力は十五分が限度です」と聞き、不安になる一方で、「この頃は、どんなことでも素直な感性ですんなりそのまま受け入れます。大人が心配する以上に大丈夫ですよ」。また、「幼い頃インプットされた音は、すぐに忘れたように見えても、ふとした弾みに蘇ります。特に十四歳から十七歳の頃、伏流水のように蘇ったものは、その子の大きな動機付けになることがあります。今は内容理解は出来なくても伝統邦楽の琵琶の音色を聞かせておくことは大いに意義がありますよ」と。 私にはこの話に勇気づけられた。それにつけても嬉しかったのが、付き添いの父親の方に近年、親業の人たちが、子ども達に小さいときから日本の伝統文化に触れさせておきたいという機運が徐々に高まっているという話を聞いたときだった。

 私も日頃から子ども達に日本古来から伝わる琵琶の音色を生で伝える機会があれば、是非やってみたいと考えがあった。また地球規模で自然環境が激変しているとき、「環境琵琶」のようなものを創ってみてはと知り合いのビオトープの専門家からアイデア提供も頂いていた。そんなことで、今回子ども達に、環境童話を作ってさり気なく自然の大切さを琵琶で語ってみるのも面白いとの半ば気負いともいえるものが胸に膨らんでいた。

 昔、学生時代に歩いた浜田山近辺は田んぼと畑が多く自然が残っていた。今は殆ど住宅地となり面影はないが、そのよすがをわずかに留めるかのように公園の地続きの坂の下に小さな田んぼが三面設けられ、子ども達が植えた稲の苗が、青々と風になびいている。隣には池がしつらえてあり、古代大蓮が花開いている。

ここには、わずかだが東京達磨蛙やヒキガエルが生息しているという。
その田んぼを見学して着想が湧いた。この都会の真ん中にあるミニ田んぼで命脈を保っているこの東京達磨蛙を主人公にして琵琶を伴奏に語ったらどうかと思った。お母さん方の意見も参考にしてあらすじが出来た。題して、「ぴょん太とケロティ~空の大冒険」。

童話の登場者は、東京達磨蛙の兄のぴょん太と妹のケロティの主人公を中心に長老のガマ蛙じいさん、兄妹に助けられたことがきっかけで友達となったカラスのブラッキーとギンヤンマのブルルン 、わくわく感を出すためにケロティを襲う悪役のシマヘビの悪ニョロを脇役で固めた。
子ども達が厭きないように、筋立てもハラハラドキドキの変化を取り入れ、最後はチョッピリ環境の落ちを入れた。次は、曲付けをどうするか、

 このとき、私が胸高鳴らせた高校時代の想い出がヒントになった。小泉八雲(ラフカディオ・ヘルン)の怪談の「耳なし芳一」を読んだ時のことだ。

 びわひきの芳一が赤間が関の阿弥陀寺に厄介になっていた時、和尚が 留守をしていたある晩、平家の亡霊の鎧武者に誘い出され、さる高貴な人の館の大広間(実は平家の墓所なのだが)で平家物語の壇ノ浦合戦のくだりを語る場面がある。そのくだりで芳一の平家琵琶弾奏の描写を八雲は、次のように表現している。(原作は英語)

『・・・そこで、芳一は声を張り上げて、激しい海戦の歌を語った。艪を操る音、船の突き進む音、ひょうとなる矢風の音、軍勢の雄叫びの声、軍馬の踏みにじる響き、甲(かぶと)に打ち当たる刃(やいば)の音、打たれて波に落ち入る音・・・・、一挺の琵琶をもってこれらの物音を巧みに曲弾きするのである。語っている間に芳一の左右からは賞賛の囁きが聞こえた・・・』(訳、平井程一・岩波文庫)

 私は、高校時代に、こんな効果音が出せる平家琵琶(平曲)に憧れた。すぐに聴いてみたい衝動に駆られた。
 ところが、後年、平曲に親しみ、実際に弾いてみて、少なからず、期待を裏切られた。平家琵琶の場合、昔から伝わる弾法は、意外と単純なもので、擬音効果は昔の琵琶法師は一切使っていない。実際弾いても四弦五柱で柱(フレット)間が狭い構造では、擬音効果が出せる中間音は無理がある

 小泉八雲は、節子夫人に各地の怪談話を収集させ、何回も語らせて自分なりに想像して書いたものであろう。
彼が生きた明治時代は、すでに平曲はかなり廃れており、出雲で平家琵琶(平曲)を聞く機会は無かったのかも知れない。でも、別の薩摩琵琶ならば、中間音がかなり工夫できる。

 私は、今回、八雲の描写そのままに、本格的にこれを試み、 朗読を中心にして、子どもが厭きないように、擬音効果音を多く入れることにした。
八雲が想像したそのままに壇ノ浦ならぬ創作童話で、風の音や、ブラッキーが大空に羽ばたく翼のしなり音、忙しく飛び回るミツバチとゆったりしたアゲハチョウが飛ぶ軽快な羽音、ブラッキーが、松の木から弾丸のように落下して悪ニョロを攻撃するときの戦いの場面の緊迫感の擬音効果音などを工夫した。時空を超えて小泉八雲と相談しながらの曲付けは楽しかった。

 当日の夜八時、夜の探検から帰ってきた可愛い子ども達が三三五五と私の廻りを囲んで腰を下ろし始めた。ワイワイガヤガヤ、観察したばかりのコウモリなどの小動物の事など語らっている。大会関係者が、ちょっとの間、目をつぶらせて落ち着かせる。私は先ず琵琶の第一音を出した。子ども達の声は徐々に静まった。カンテラの灯りを頼りに譜面を追う。いつもと勝手は違うが、次の日本を担う可愛いお客さんに、琵琶を弾じながら古来の伝統文化を伝える 感慨が胸をよぎった。